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最高裁判所第一小法廷 昭和31年(オ)371号 判決

上告人 天野武 外一名

被上告人 天野泰子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人弁護士上野開治の上告理由第一点について

離婚の原因たる事実に因つて生じた損害賠償の請求を離婚の訴と併合して提起できることは、人事訴訟法七条二項但書前段の明定するところであるが、右にいう損害賠償の請求とは、ただに離婚の相手方に対するものだけではなく、離婚の相手方と共同不法行為の関係にある第三者に対する損害賠償の請求の如きものを包含するものと解するを相当とする(尤も右共同不法行為が離婚原因を構成する場合たることを要することは勿論である)。けだし、人事訴訟法七条二項本文が人事訴訟と通常訴訟との併合提起を禁止しているのは、右併合訴訟を無制限に許すときは両訴訟が性質、手続を異にする関係上審理のさくそう遅延を来すのおそれあるが為めに外ならない処、前示のような損害賠償の請求と離婚の訴とを併合提起しても、立証その他について便宜こそあれ、これが為めに特に審理のさくそう遅延を来すおそれはなく、従つてこのような訴の併合提起は、右規定の趣旨に毫末も牴触するものとは認め難いからである。さすれば、叙上と同一見解の下に上告人両名の共同不法行為を離婚原因の中核とする本件離婚の訴と右共同不法行為に基く本件慰藉料請求の訴との併合提起は右人事訴訟法の規定に違反するものでないとした原判決の判断は正当であつて、これに反する所論は独自の見解に座するもので採るを得ない。

同第二、三点について

原判決はその挙示する証拠によつて認められる判示事実関係の下においては上告人両名は被上告人に対し、結局において共同不法行為者たるの責任を免れ得ないものとの趣旨を判断しているのであつて、この判断は当裁判所も正当としてこれを支持する。所論は、上告人武において上告人恒八の判示不倫行為を知らなかつたが故に上告人武に上告人恒八の不倫行為を防止すべき義務はなかつた筈であるというが、原判示の前示事実関係に徴すれば、上告人武は上告人恒八の判示不倫行為を夙に知つていたものと認められるばかりでなく、上告人武に父たる上告人恒八の自己の妻に対する不倫行為を防止すべき法律上の義務ありや否やの点はともあれ、原判示のような事実関係である以上は、上告人武において共同不法行為者としての責を到底免れ得ないものと認めるを相当とする。なお、原判決がその判示のような事実関係の下においては、上告人武の被上告人に対する離婚請求権を是認できないとした判断は正当であつて、この場合父たる上告人恒八に自己の妻に対する判示不倫行為があるからと云つて、婚姻を継続し難い重大な事由ありとして右離婚請求権を是認することはできない。所論も亦独自の見解に座するものでしかない。以上のとおりであるから所論はすべて採用に価しない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

昭和三一年(オ)第三七一号

上告人 天野武 外一人

被上告人 天野泰子

上告人代理人上野開治の上告理由

第一点原判決は人事訴訟手続法第七条の訴併合禁止の規定に違反して上告人恒八に対す損害賠償請求訴訟を併合審理したる違法がある。

婚姻事件は公益上の必要又訴自身の性質上通常事件の訴訟手続と異なる訴訟手続を必要とするため人事訴訟手続法の特例があつて之を審理することとなつているが、其の第七条に訴の併合等を禁止するのは独逸法に於ける民事訴訟法第六一五条の趣旨を受継いだものと考えられる。

而して独逸民事訴訟法第六一五条は「同居を求むる訴、離婚の訴及婚姻取消の訴は之を併合することを得、此等の訴と他の訴との併合及他の種類の反訴の提起は之を為すことを得ず」(現代外国法典叢書独逸民事訴訟法二巻)とあつて我国人事訴訟手続法第七条第二項但書の如き例外を全然認めていないのである。

之れは婚姻事件を集中統一審理すると共に其の手続の統一性を確保し審理の正確を期せんとするものであるからである。

故に我人事訴訟手続法第七条第二項但書に於て「訴の原因たる事実に因りて生じたる損害賠償の請求」の併合を許すのは厳格に解すべきであつて離婚訴訟の場合に於ては其の当事者間の場合に於てのみ訴訟経済上許さるべきであり、如何に原因事実が同一であると認めても第三者に対する損害賠償の訴を併合することは審理手続の統一を甚だしく阻害することとなつて許さるべきではない。

例えば和諧による手続の中止、又は和諧の成立による場合第三者に対する損害賠償の訴は如何なる運命になるかの一事を考えても首肯せられるのである。

原判決は本件上告人恒八に対する損害賠償請求は上告人武に対する離婚訴訟の「原因たる事実に因り生じたる」ものとしているが判示にも示す如く離婚原因は上告人恒八の不倫行為と上告人武のこれを放置した事実との結合により成り立つとしているから、上告人恒八の不倫行為だけでは訴の原因たる事実の一部であつて離婚訴訟の原因たる事実ではないのであるから原審は此の点の解釈も誤つて併合したこととなる。

以上の理由により上告人恒八に対する損害賠償請求の訴の併合は許されず従つて上告人両名の損害賠償の範囲並に其の額にも影響があるから原判決は破毀さるべきである。

第二点原判決は上告人武は上告人恒八の不倫行為を防止する努力を怠つた責があるから離婚請求の権利はないと判示しているが、本件の場合その様な責任を認め得るものではない。又被上告人に於ても責任があるから上告人武の離婚請求権を認めないのは違法である。

原判決は実父恒八の不倫行為に対して上告人武は父親を諌止するとか、なお肯かれないときは父と別居して禍根を絶つという不倫行為の防止努力の義務(婚姻より生ずる夫の義務)があるとしているが上告人武に於て親父に不倫行為があると信じないのに果して斯如き法律上の義務があるとは考えられない。

上告人恒八は極力不倫行為を否認して居り其の子として其の現場を見た訳でもないので只単に被上告人の屡々の訴えはあつても世間に稀有の事であり又被上告人は以前より上告人主張の様な事情にて別居を望んでいたのであるから、上告人武は親の判示の如き不倫行為を信じ切れないのであるし、判示も上告人武が不倫行為ありと信じたとは認定していないのである。かかる状況の下に於て上告人武は父親に対し諌止出来るか、又は武は父親の田畑を耕作する唯一人の男子であり其他に生活の方法を持たないのに別居の決断が出来るか、親子の情として出来ない事を夫婦共同体の義務であるとは信じられないのである。

寧ろ上告人泰子は実姉の下に身を寄せた際に於て上告人武の来訪を暴力を以つて拒絶させるようの態度を取らず其後転々として居所を隠すことなく、莞爾として之を迎え其の善後策を講じても遅くはなかつたのであるに係らず、それをなさなかつたことにこそ終局的に本件婚姻の破綻を来したと云うべきである。

故に如斯義務があるとすればそれは夫婦相方にあるのであるから上告人武の離婚請求権を認むべきである。

判示は上告人恒八の責任を問うにつき上告人武を連子したる感があるのは之れを併合審理したのによる責任主義の捨て切られない所にあると信ぜられるが現行民法が破綻主義に移行しているのであるから上告人恒八の不倫行為を以つて婚姻を継続し難い重大なる事由ありとして夫婦相方に離婚請求権を認めてもよいと信ぜられる、之の点に於て原審は法令の解釈を誤つている。

第三点原判決は上告人武の婚姻より生る義務違反に基き慰藉料の支払義務を認めているのは違法である。

前述の如く上告人武には上告人恒八の不倫行為を防止すべき夫としての義務は本件の場合ないのであるから上告人恒八と連帯して慰藉料の支払義務は生ぜないのである。仮に判示の如き事実により支払義務がありとするも其の事実を異にし被上告人に対する打撃の度合を異にするから同額を連帯すべき理由はない。

以上

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